日本人学者の論文で形容詞「adequate」と「appropriate」が混同されることはしばしば見受けられます。誤用の中には、後者が適切なところで前者が用いられていることが特に多いです。「adequate」と「appropriate」は同義ではありません。両者間の違いを理解するために以下の正しい用例を考えればよいです。
一般に、「appropriate」と「adequate」はそれぞれ定性的な意味と定量的な意味を表します。このような意味は上記の例文にも見られます。(1)では、硫酸鉄(II)を栄養補助剤として使用することは鉄欠乏性貧血に対して「適切」(「appropriate」)な治療法とみなされる、という意味が示されます。つまり、当該治療法には鉄欠乏性貧血への望ましい効果があるわけです。しかし、硫酸鉄(II)の使用される量については情報が示されていないため、そうした治療法が「十分」(つまり、「adequate」)なのかどうかについては何の意味も含まれません。一方、(2)では、ある特定した患者に適した服用量が示されているから、治療法の十分さについて判断する根拠があります。というわけで「adequate」が適切です。上記の用例で「appropriate」と「adequate」を互いに置き換えることはできません。
詳しくはグレン・パケット:『科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現』(京都大学学術出版会,2004)の第5章をご参照下さい。
グレン・パケット
1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから。